![]() |
||
第80話 沖縄語の入門 沖 縄といえば「おもろ」、アイヌといえば「ゆから」くらいの知識はある。しかし、「おもろ」も「ゆから」も高校でも大学でも習ったことがないから、実際には 読んだことも、聞いたこともないというのが普通ではあるまいか。新書版を新しい知識の窓口にしている一般の読者層にとっては、なかなかいい入門書が見つか らないという事情もある。 そこでお勧めしたいのが『沖縄語の入門~たのしいウチナーグチ~』西岡敏・仲原穣著(白水社)である。1課から20課までの教科書のような構成になっていて、練習問題までついている。CDもついていて本物の「うちなーぐち」を聞くこともできる。まず、その第1課から勉強してみることにする。 第1課「ニヌファブシ」 A:アレー ヌー ヤガ? B:アヌ フシヌ ナーヤ ニヌファブシ ヤサ.
ユル フニ ハラスル トウチネー. アリガ ミアティ ヤンドー. A:ヤンナー。 アンシ フシヌ チュラサンヤー. B:ヤサー! チューヤ タナバタ ヤタッサー. アイヌ語は日本語とは系統の違う言語だが、沖縄のことばは日本語の方言であるという。しかし、これが日本語の一方言なのだろうか。「ウチナーグチ」は「沖縄 口(沖縄ことば)」である。「ニヌファブシ」とは何か。「ニヌファブシ」とは「子(ね)の方星」、つまり、北の方角にある星=北極星だという。解説による と次のようになる。 A:あれは何(ヌー)かな? こうしてみると「ウチナーグチ」は標準日本語に対応しているようにもみえる。沖縄語も「やまとことば」も元は同じだから共通する部分はたくさんある。この本 を読み進んでいくと、沖縄方言が標準語とどこが違い、どこが同じかだんだん分かってくる。まず、「ウチナーグチ」には母音が三つしかない。 1)共通語のエは沖縄語のイになる。 標準語と沖縄方言には音韻対応の規則がある。標準語のカ行イ段は口蓋化して「チ」になる。 「おきなわ」は「ウチナー」になる。おなじみの「チュラサン(美しい)」は標準語の「清(きよ)らさ」に相当することばで、標準語のカ行イ段の「きよ」が 口蓋化して「チュ」になったのである。時(とき)も「トウチ」となり、今日(キョウ)は「チュウ」になってあらわれる。これが「ウチナーグチ」の第1課である。「ウンジョー マーカイ メンシェービーガ?」が分かるようになってもまだ第11課、道半ばである。 第11課 「スバ カミーガ」 三郎:ウンジョー マーカイ メンシェービーガ?
朝秀:チューヤ ナーファヌ マチンカイ スバ カミーガ イチュサ ッヤーン マジュン イチュサ 三郎:ウー、チューヤ ヌーン ネービランクトウ
朝秀:トートー、マジュン トウー
レー この会話は標準語ではつぎのようになる。 三郎:(あなたは)どこへいらっしゃるんですか? ○スバ 沖縄そば、○カミー 「カムン=食べる」の連用形、○ウンジョー 「ウンジュ=あなた」+ヤ、○マー どこ、○メンシェービーン いらっしゃいます、「メンシェーン」の丁寧語、○ナーファ 那覇、○ウトウム お供、○サビラ しましょう、○トートー よしよし、ほらほら、○マジュン 一緒に、○トウーレー 「トウーユン=通る」の命令形、 沖縄語には標準語と同じように尊敬語がある。「メンシェーン(=いらっしゃる)」は尊敬語で普通語は「チューン(=来る)」である。「メンシェービン」は「メンシェーン」をさらに丁寧にした言葉づか
いである。 これを第20課まで学習すれば、沖縄語入門は終了する。第20課まで進むと「おもろさうし」を鑑賞することができるまでにいたる。 第20課 組踊(クミウウドウイ)/おもろさうし
執心(シューシン)鍾入(カニイリ)
宿の女:稀(マリ)の(ヌ)御行逢(ツウイチエ)さらめ(ミ)
中城若松:今日(チュー)の(ヌ)初(ファツイ)
行逢(ツウイチエ)に
宿の女:深山鶯(ウグイスイ)
の(ヌ) 中城若松:知らぬ(ン) あらすじは次のとおりである。中城(ナカグスイク・ワカマツイ)という美男子が、首里へ上がる際、夜道に迷って村はずれの家に一夜の宿を乞う。家の女は、親が留守といっていったんは断るが、結局は宿を貸すことにする。若松は見目麗しい若松に恋心を覚え、若松を起こ して彼に迫る。若松は振り払って逃げるが、女は執拗に迫ってくる。 中城若松:二十日夜の暗さに、道にまよっていた。 ここまで学習が進むと沖縄の文化に出会える。しかし、そこまで至るには外国語をひとつ習得するほどの努力が必要である。日本語とはなにか。標準語とはなに か。方言とはなにか考えさせられてしまう。現代の言語学の知見によれば、言語には優劣はなく、方言も標準語も、先進国の言語も未開民族の言語も言語として 対等であり、かついずれも完全であるという。 さて、ここに明治十三年に沖縄県学務課が編纂した『沖縄對話』という沖縄のこどもに標準語を教えるための教本の復刻版がある。近代国家の建設をめざす明治政府にとって 「国語」の同一性こそ日本国民にとって本質的なものであるという意識があった。『沖縄對話』はそのための教材として作られた。『沖縄對話』の第一章はつぎ のようにはじまっている。(ひらがな=標準語、カタカナ=沖縄語) 晴天(はれたてん=シーテン)、曇空(くもりそら=クムイデンチ)、日(ひ=テーダ)、月 (つき=ツチ)、光(ひかり=ヒカリ)、星(ほし=フシ)、雨(あめ=アミ)、風(かぜ=カズ)、雲(くも=クム)、霧(きり=チリ)、雪(ゆき=ユ チ)、虹(にじ=ヌージ)、煙(けむり=キブシ)、坂(さか=ヒラ)、谷(たに=ヤマスク)、森(もり=ムイ)、池(いけ=イチ)、桐(きり=チリ)、柳 (やなぎ=ヤナジ)、菊(きく=チク)、 第二章からは文章になる。(カタカナは沖縄語) 第二章 四季の部 ○今日は、誠に長閑(のどか)な天気でござります。
左様でござります、好き天気に、 なりました。
○あれへ、 見へます、山へ、最早(もう)、霞(かすみ)が、かかりては、をりませぬか。
成程、 皆、 霞を 帯びました。
御宅の 梅は、 此、 東風(はるかぜ)に、綻(ほころ)びましたで、ござりましやう。
はい、唯今、 満開でござります。 第三章 学校の部
○貴方の 御時計(おとけい)は、何時でありますか。
私の時計は、 八時でござります。 ○
最早、 學校へ、
御出なさる時刻では、 ありませぬか。
否へ、 少し、 早ふござります。 ○
授業は、 何時から、 始りますか。
九時に、 はじまります。 この教材を読んでいると、明治初年の沖縄の学校での方言の矯正がかなり困難であったろうことが 伝わってくる。今日の標準語話者にとって沖縄語がむず かしいのと同じように、沖縄の子どもたち にとって標準語は奇異に感じられたにちがいない。沖縄の子どもたちからみれば、標準語は「おか しな日本語」、「みだれた沖縄語」にみえたのではなかろうか。 |
||
![]() |
|